azucho's diary

読書メモや、育児記録、ワークライフバランスについてのあれこれなどを書いています。だだもれ系です。

【文字版ラジオ】組織変化論:なぜ「変わりたくない」のだろう?

今回も前回に続いて「ラジオをブログで(音声ではなく文章で)」をやってみます。

azucho.hatenablog.com


ラジオ版のアーカイブはこちらからどうぞ。

AzのODチャンネル | stand.fm

 

■「組織」で起きていること・起きがちなこと

私、持病があって定期的に通院しているのですが、その先生が突如話し始めたことがありました。いつもは静かなタイプの先生で、私がいろいろ近況を話したりするのがメインなのですが。

 

先生「一人ひとりはいい人でも、組織などの塊になった途端に頑なになる」

先生「変わりたくない、という強い思いが組織にはある」

先生「組織が大きくなればなるほど、変わりたくないという圧力も大きい」

 

・・・えぇぇぇぇぇ先生!!それ、私たちがいつも組織開発で言ってることです!!

びっくりしたーーー!!

 

まさに私たちがいつも組織開発で手掛けていることであり、「変わりたくない」意志をビシバシに感じる中で、どうやって、「変わっていくといいことが起きる」と認識してもらえるか、働きかける、あの手この手で、みたいなことなんです。

 

これまで組織開発の仕事の内容や性質を話したことなんて無かったのに。

あまりにドンピシャすぎて驚きました。

 

どこでも起きていることなのかなぁ、やっぱり。「変わりたくない」という強烈な意識。拒否感。変わるのは怖いことだから。本能的な拒否感なのかもしれません。

そこを超えて、「やってみたらいいことが起きた」「時間はかかっても効果はしっかり出た」と実感してもらえるかどうか。私たちの仕事のだいじな部分です。そして難しいところでもあります・・・

 

「変わりたくない」の奥底には何があるんだろう?

「組織」になった途端に動きが変わるのは何だろう?

 

探求と実践は続きます。

 

こんな感じの話をしているチャンネルです。よかったらバックナンバーをどうぞ。

j.mp

 

 

 

【文字版ラジオ】活動で苦しくなったら思い出してほしいこと ~ゴキちゃん理論~

クチナシの白い花(たぶん)

クチナシの白い花(たぶん)

事情によりしばらく収録できていないけど、大好きな個人的活動のひとつ、ラジオ。

ラジオと言ってもリアルタイムよりは収録しておく形が多いので、PodCast

なるべく短く、10分以内に、と思ってるけど、つい長くなることもあります。

 

テーマは組織開発・文化創造。活動の中で感じたこと、驚いたこと、気付いたこと、などなどお伝えしたいなぁと思ったちょっとしたネタを話しています。

 

AzのODチャンネル | stand.fm

 

ネタは個人的メモとしてチョコチョコと貯めているのだが、今日はあえて文字で書いてみようと思います。個人的事情により、声を収録するのが困難なので、PodCastを文字で、の試み。

 

■活動で苦しくなったら思い出してほしいこと ~ゴキちゃん理論~

組織開発や文化創造(カルチャー変革)、風土改革の活動は、すごく時間がかかる。結果がすぐに出ないし、やっていること・方向性が「正しいか」どうかもよくわからない。やってみないとどういう結果が出るかがわからないので、試しにトライすることもすごく重要。数値で表すことも難しく、思わぬところで結果が見えることもあれば、まったく見えないままのこともある。かと思うといきなり成果が現れることもある。

 

自分でも活動をやってみたい、という人も現れて心強い限りですが、その方の自身の部署で活動をすることは実はものすごく難易度が高いです。最初の一歩がものすごくハードルが高いですし、実際に一人で活動することも大変です。「仲間を見つけて一緒にやってね」という話もよくします。

 

いやいやいやいや、難しすぎる、って思いませんか?私はしょっちゅうくじけています。くじけてはまた立ち上がる日々。

 

そんな時、こんな話を聞きました。その名も「ゴキちゃん理論」。

「1匹のゴキブリを見つけると、その裏には100匹のゴキブリが住んでいる(!)」という、アレです。ひえぇぇぇぇぇ。おそろしいです。想像したくないです。

 

でもこれを、活動をするときの心の支えにできるのでは?と友人に言われたのです。

だれかもし一人でも投稿に「いいね」をしてくれたら、もし一人でも「やってみました!」と報告をしてくれたら。その背後には、実は、言わないだけで「いいね」の気持ちを持ってくれていたり、やってみたり、そんな人たちがいるはずだ、と。

 

そうか、そうだよな、報告する人ばかりではないから、ひっそりご自身で活動している人もいるかもしれない、届いているかもしれない。まだ行動していなくても、行動へと心が動き始めている人もいるかもしれない。

 

自分がやっていることが「これって意味があるんだろうか」と苦しく感じてしまった時、もしかしたら、いやきっと、誰かには何かが届いている、と考えてほしいです。

というかこれは私への自戒。すぐへこむ私への自戒です。

 

ゴキちゃんのイメージはあんまり嬉しいものではないけれど(笑)、それくらい、背後にきっとたくさんの協力者や賛同者がいるんだよな、って言いたい、そんなお話でした。

 

こんな感じの話をしているチャンネルです。よかったらバックナンバーをどうぞ。

j.mp

 

保留する力:「できなくなったこと」だらけの私をどうしようか問題

いつの間にか「できない」ことが増えている。

ものすごくエネルギッシュに動いていたあの頃が異常だったとも感じるが。

特に、仕事とは別に、夜の時間や休日の時間を使って活動することがとても頻繁だった。

 

例えば、

コーチングセッション(資格取得までに有償で100時間のコーチング提供をする必要がある)

・自分自身が受けるコーチングセッション(コーチもコーチを付けるんですよ)

コーチング資格取得コース自体のコールの各種数々(多数)(めっちゃある)

・リーダーシッププログラム修了後の定期的なオンラインミーティング(コール、と呼ぶ)(時々メンバーをシャッフルしたりする)(全体コールもある)

・リーダーシッププログラムで知り合った友人とのイベント開催(複数回・複数種類:対面イベント、オンラインイベント)、その事前の打ち合わせなどなど【毎回4-5時間かかり、深夜にまで及ぶことが多々】

・遠方の地で実施されるセミナーへの現地参加

・ダンス(自由に身体を動かすタイプのダンス)のオンラインレッスン参加

・友人たちとの個別の振り返り会

・(たまたまだが)仕事で海外メンバーとのプロジェクトに事務局として入っていたため、会議の時間が22:00~24:00とかで、その後に議事メモとかまとめて送ったりしてたので、日をまたがる業務&英語に集中する業務がかなり疲労を溜めていったのもある

 

などなどなどなど・・・

 

とにかく夜の時間は仕事部屋にこもり、子ども達も放置して(ゴメン)、何かしらのミーティングをオンラインで行っていた。

便利だったけど、でも、疲労もすごかった。仕事の後だしなぁ。。。仕事も毎日ガンガンやってたし、よくエネルギーが残ってたなぁと思うけど、話をしているとエネルギーが湧いてくる感覚もあった。

それらが5年前は出来ていたこと。かなぁ。オーバーワーク気味ではあった。

 

でも今はもうできない。仕事したらもうそれでヘトヘトだし、夜は夜で早く寝ないと次の日がツライ。病気(当時:鬱)をして休職4か月を挟んだことも大きいとは思う。

 

少し前、本当は個人的に受講したいセミナーがあったけど、夜の時間を使うのが困難だと感じて、申し込むことをあきらめた。きっともう最後の開催だ、と感じながらも、手を挙げることができなかった。悲しいけどこれが今の私の現実。無理はできない。

 

逆に、この数年で、何か「できるようになったこと」ってあるんだろうか。

何ならまだ「できなくなったこと」が挙げられてしまう。

・本を読むことがすごく難しくなった。大好きなのに、手に取るまでがすごく高い壁。

・漫画はまだマシかもしれないけど、子ども達がどんどん増やすペースについていけていない。

・楽器を触ることへのハードルが上がった。ピアノ、本当は毎日弾かないと下手になっていくのに。もうそんなレベルでもないけど、もっと気軽に触りたい。

・運動はどんどんしなくなっている。ヤバイのでは??元々は身体を動かすことは好きだったのに。今は散歩すら嫌。どうした「アイアンマンへの夢」よ・・・あり得ないよ。【アイアンマン:スイム3km、自転車180km、ラン42.195km】←狂気の大会です。

 

本も漫画もアニメも、再読の方がしやすくなった。ていうかこれって老化っぽいよね・・・慣れ親しんだものの方が安心する、というやつか。

 

ずっと新しいことに挑戦し続けたいと思っていたし、それが当然だと思ってた、できると思ってた。でもなんか無理になってしまった。悲しい。

それは病気(双極性障害)のせいもあるけど、老化のせいもあるし、まだまだ続く子育ての大変さの変化(乳幼児期とはまた別の大変さ)もあると思う。

でも、いくつになっても新たなことに挑戦している人はいるし、そういう人はやっぱり若々しい。魂の若々しさという感じ。羨ましいです。私もそうなりたい。そうなるとばかり思ってたのに。

 

ただ、むしろ仕事では、どんどん新しいイベントなどを開催し続けてるなぁ。

K2 Radio

・「衆知を集める」ライトニングトーク

・風土改革フェス(事例共有を1週間に渡って実施)

ERGカーニバル(ERG=Employee Resource Group=社員有志活動)

・ODハカセ(組織開発に関するQ&Aをメルマガにて発信)

・ODつぶ(組織開発に関するつぶやきを毎朝自動投稿)

・実況中継(会議やセミナーなどの際につぶやきで情報共有する手法)

 参考記事:研修や勉強会をオンラインで実況したら、学習速度が段違いだった話 | サイボウズ式

・経営理念四字熟語ワークショップツールの作成&提供

・信頼関係スターターキットツールの作成&提供

 

これらは、(例え仕事であっても)「やらされ」でやってないことだからなぁ、としみじみ思う。

自分もしくは仲間が言い出して、一緒にやってきたことだし、会社の風土・カルチャーをよりよくするために「必要だ」と考えて工夫してあの手この手でやってきたことだから、続けてこられたのだと思う。これまでは。

 

これからはどうなるかわからない。やれるところまでやりきりたい。でもそう単純でもないみたい。

 

※念のために書き添えますが、仕事にせよ仕事以外にせよ、やるとなったらめちゃくちゃ力を注いで、全力で、やりますしやってきましたしやっています。元々ワーカホリックだと自覚がある、仕事大好き人間ですし、仕事以外の活動もたくさんしていたのになぁという振り返りの記事なので、「こいつは仕事も何もできなくなったんだな」といった勘違いはして頂きたくないです。いつも初見の方から言われるのは今でも「エネルギッシュな方ですね」です。

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仕事以外でも

AzのODチャンネル | stand.fm

も基本的に続けていることのひとつ。何かネタについて話すことが楽しいし、話すことによって気付くこともあったりする。

 

・・・「できなくなったこと」だらけの私、何からとりかかろうか。

すべての気持ちが落ち込む状況で、無理矢理いま何かをやらなくてもいいんじゃない?とも思う。なるようにしかならないし、なるようにはきっとなるから。多分・・・(弱気)

 

保留するしかないのかな。いつまで保留するのかな。保留し続けて死んじゃうのかな。それはヤだな。でも動けるときにしか動けないもんな。

 

答えは出ないけど、何とかして自分を発揮して生きたいんだ、ってことだけはずっと思っている。

ふりかえり2024年

2024年のふりかえり。というか備忘メモって感じ。長いです・・・そして暗い。
秋が大好きなのに、ほとんど味わえなかった今年。

左から、赤から緑へとグラデーションしているもみじを下から見上げた状態の写真です。青空もバックにあります。

もみじのグラデーション
今年ほど、赤くて小さなもみじと青空に癒される年がこれまで無かった気がする
(ちなみにこれは会社の中にあるもみじの木)



■2024/1:体調ずっと悪いが多忙
・オットが休職する(自律神経失調症)。休職は二度目。今回「3か月」と言われているが長引く予感(当たる=9か月)。
・1月頭から喉だけの風邪が長引く。咳き込むが熱は無し。しんどい中での仕事、多忙。
 1月だけでワークショップ5回リードし、2月もまだ続く。
・2024年度の業務を検討しないといけない、やりたいことだが面倒。
・1月加入の新メンバー、とても良い(すみやん!超有名人と後で知る)。
Twitter(現X)から離脱することを決める。


■2024/2:人員変動が続く
・オット氏、一進一退。たまに運動もしているが、料理してみて疲れたりしていた。
・出張もあってとても疲れている。
・お休み(有給休暇)が取れず、しんどい。休みたい。三連休くらいでようやく休んだ感じがする。
・4月以降にもまた複数の人が増えることになり、正直しんどい。稼働をうまく乗せるまでが大変なのに。


■2024/3:胃カメラ
・3月頭に胃カメラを受ける。いわゆるタコイボ、炎症があるとのこと。ストレス?
・お休みを取れないまま過ぎる。土日だけだと休んだ感じがしない。
・3/22の夕方から大鬱の波が来る。突然。土日はほぼ寝ていた。月曜がめちゃくちゃしんどかったが対面の
 打ち合わせもあったので無理やり出社したし、すごくがんばったと思う。疲れた。スキップできるものはスキップしたい。
・新しい取り組みにトライするか、という機会を得たが、夜の時間を使わねばならないため、諦めた。
 今の私には、夜の時間を使うのはしんどい。またタイミングとか機会とかあるかもしれない。と気持ちをなだめる。


■2024/4:お腹を壊す
・新年度のはじまり。エイヤでやれていることもある。でも結構しんどい。
・「F1関連のお仕事」を声かけて頂き、現地にてあれやこれやがんばる。試合は全く見られませんでしたが、貴重な経験でした。
・4/15, 16を月火とお休みにして、少しゆっくりできた。会社スマホも電源オフして見なかった。
 石山寺には出かけたが、あとはゆっくり家で過ごした。(大河ドラマの「光る君へ」に夫婦でハマっていたので聖地巡礼していた)
 平日に連続で休めること、何をしてもしなくてもいいという安心感がすごく大きかった。
 なかなか取れないが・・・またちょいちょい休み自体は取らないといけない、と思った。
・オットはほぼ寝ている。たまに自転車など運動しては翌日以降に疲れが出て一日中寝ている。だいぶしんどそう。
・オイラはこの頃からお腹を壊しまくる。ずっと痛い。水みたいなのが2週間以上とか続く。


■2024/5:大腸検査と迷子ミレーナの発見
・体調面で2つ、精神面で2つ、不具合が並行して走っている。
・体調面(1):大腸検査でポリープ発見&切除。大腸検査、下剤を飲みまくるのがしんどいっすね・・・
 体調面(2):大腸検査の関連でレントゲンを撮ったら、まさかのミレーナらしきもの(生理が重いので対策で子宮内に装着していたハズのもの、行方不明になっていた)が見つかる。
・迷子ミレーナ問題は、お医者さんも驚くほど「そんなことある?」の連続で、検査も痛くてつらかった。
 そして結局手術して取り出すことになる・・・6月へ続く。
・精神面(1):双極性障害の鬱期がひどい。体調面とも連動している、心身どちらが先かわからない。
 とにかく気持ちが落ち込む、寝てばかりで起き上がれない。涙が出る。
 精神面(2):前回の休職直前の状態に似ている。休職は回避したい。業務を何とかして検討する必要がある。

★これ・・・振り返るとわかるけど、ずっと同じことを繰り返している。というかずっと同じところでとどまっている感じか。

「本当は(客観的に見て)休職するのがいいのかもしれない。特に連休直前がひどかった。周りからも”無理っぽいな”と思われていた」
「休むとホッとするのはきっと事実。肩の荷を下ろした、的な。でもそれ以上に、休んでしまった、また復帰までに時間がかかる、など落ち込みも激しく感じそうで。なるべく休職は回避したい理由はそこ。」
とかもそう。下期の今もまったく同じ。
「なるべく薄くつなぎつつ、仕事の綱渡りをほどほどにやる。負荷はなるべく下げつつ。業務量というより働き方の工夫かもしれない。時間で区切るとか。とは言え量の制限も必要。何を減らす?てところ…」
・・・なるべく薄くやりたいのに、そうも行かないのが今も一緒。しんどい。

そして長めの休み明けが怖いのも一緒。

・ミレーナを探索する検査がものすごく痛くてツライ。どうしてこんなことに・・・??普通はありえないこと。でも実際に起きている。
 どうやら装着時に子宮をつき破って(激痛やん!)、体内に飛び出したまま、そのまま体内をぐるぐるさまよっているらしい、と判定される。
 前回の装着時=2年前の入れ替え時、すごく痛くて、次の検診で「無い」となったので、「脱落したのだろう」ってことになってたんだよ。。それがまさかの体内にあるとは・・・
 とにかく「そんなハズはない」とグリグリかきまわされて、激痛だししんどいし。ラミナリアまで入れられた、子宮口を広げるやつですよ・・・検査のためにそんなの使うなんて。めちゃくちゃ痛い。仕方ないけど、結局その検査も無駄だった、そこではなかった。
・5/21の大病院での診察結果、入院&手術が決定。ミレーナを探索&除去するのが目的。体内をさまようさすらいのミレーナ・・・(ありえぬ)


■2024/6:入院&手術
・6月頭に、社内ラジオの新コーナー、「K2 Radioワクドキ楽屋ツアー」をすみやんとスタート。徐々に「これは私の強みが発揮されたコーナーなのだ」という実感が湧いてくる。好奇心を向け、思いや価値観を引き出す。(K2 Radioのお試し版は、この記事内のリンクからお聴きいただけます)
・入院前の引き継ぎを兼ねてめちゃくちゃ仕事していた。退院後も無理ないようにあらかじめ交代してもらうよう手配したりも。
・全体的に精神面もずっとしんどい。
・不安が出たりするのは「病気(双極性障害)の症状だから」と言い聞かせるようにしているけど、そんなに簡単じゃない。
 手放すのも難しい。気にしないようにする、先のことはなるべく考えないようにする、とかそういうのも練習だよなぁとは思う。
 そもそもがやはりしんどめ、落ち込みがちだというのは事実。
・土日は寝るしかない、という感じでずっと寝ている。
・仕事関連の一切を置いてきて、入院する。マジで全て置いてきた。危なかった、スマホだけでも持っていこうかな、とか思うもんじゃない。
 PCも持ち込んで、術後に落ち着いたら仕事しようかなとか一瞬でも思ったのはアホすぎる。アカン、絶対アカン。
・6/12~6/18:入院。腹腔鏡手術なので身体への負担は少な目のハズ、それでも術後はマジで起き上がれない。
 入院日数とは、徐々に体調を回復していくための日数なんだな、としみじみ感じる。
・さまようミレーナは、無事にお腹の裏っかわで見つかった。変なところに癒着とかも無く、無事に取り出せた。ホッとした。
 申し訳ないけど産婦人科のかかりつけは変えることにした。悪気が無いのもいい先生なのもよく分かってるけど、お世話になりまくったけど。ちょっともう行きたくない。
・入院中は、ちょっとずつ、ちょっとずつ、眠れるようになっていった。すぐには無理で。ちょうど1週間くらいたったときにやっと、「あ、眠れた」と思えた。
・この頃からどんどん体重が増加していく。入院前に毎朝やっていたミニ腹筋&ミニスクワット、どちらもほんの少しだったけど、それを一切やらなくやってしまったから、というのも大きいと思う。
 いまだに運動は一切していないしやる気になれない。体重はどんどん増加していて怖い。加齢ってスゴイんですね・・・ヤバいのだが運動したくなさすぎて。


■2024/7:ERGカーニバル開催!
・準備が超絶大変だった。ERG(Employee Resource Group=社内の有志活動)カーニバル、会場が今年は東京のため、遠隔による準備。会場のことがよくわからない中で、現地の協力者を探し、写真などの情報を頂きつつやりとりした。
・旗振り、自分が好きでやりたくてやってることなのに、しんどくてたまらない。術後なこともあって、無理したらアカンのかなと思ったりも。誰か代わりに旗振りしてくれませんか、と呼び掛けてみたりもするものの、手が挙がらず結局最後まで私が旗振りをした。
・カーニバル当日のみならず、追加イベントをやろう、と事前の盛り上げを狙ったりもした。それぞれはとても楽しい。でもとにかくしんどい。全部が私に来る。
・カーニバル自体は大成功!楽しかった。アツイ言葉の数々。めちゃくちゃ盛り上がったし、よき場になった、深い場になったと思う。
・とにかく「乗り切ろう!」で乗り切った感じ。事後対応なども何とか対応して終わらせる。
・カーニバル終了後は、ひたすら土日に寝る日々に舞い戻る。身体がとにかくしんどい、心がつらい。


■2024/8:夏休みは旅行&一人旅
・休みはしっかり休んだ感じ。家族でも旅行したし、一人旅もさせてもらえた。まっちゃんラーメン&米津さんAR展&CLAMP展&餃子など。充実、充電。
・休み前も休み後もだいぶヤバイ。すぐに激務の日々に戻り、しんどくなった。
・相変わらずお腹は壊している日々。
・疲れが取れない。
・継続性が見えない、先が見えない。このやり方では続けられないと感じる。朝起きた瞬間から疲れている。疲れが取れない。憂鬱。
・総体としては落ち着いていると思うのだが・・・落ち込みすぎずハイになり過ぎず。


■2024/9:オット復職が決まる&リト6&ヨルシカにハマる
・社内の役員ラジオのゲストで歌わせて頂く。楽しい。お祝いの気持ちを届ける。
・子の発熱と咳で眠れない日々。
・9/13~オットが復職する。慣らし勤務から。
・まっちゃんラーメン再び。音のヨガに参加したあとの打ち上げ。ありがたやー&美味しい!!
・陰口を言われていますよ、とチーム内で責められる。チームの評判を落とすから。言い方がキツイ私が悪い、だが・・・という気持ち。
・リトリート6に参加する。大切な仲間との時間。【日の出トライブ:リーダーシッププログラム】
YouTubeでフル公開されているヨルシカの「月と猫のダンス」ライブ映像にドはまりし、ライブで聴きたくなり、10月のライブチケットを取る。


■2024/10:家庭内でマイコプラズマ肺炎が蔓延&ライブ参加
・長男⇒長女⇒次男、とマイコプラズマ肺炎が蔓延する。とにかく咳がひどい、嘔吐もある。
・感染期間が長い(2-4週間)こと、潜伏期間が長いこと(2週間)により、時間差でずっと看病することになる。
 し、し、しんどかった・・・大人もかかるよと言われていたが、親は無事だった(無事だったのか?)。
 とにかく受診もしんどかったし、嘔吐対応もしんどかったし(蓋つき容器を枕元に置いておくとイイヨ!とりあえず蓋して眠れる)、
 眠れない夜もしんどかったし、何もかもがしんどかった。
・仕事はオンライン対応にしてもらえるものはしてもらい、出張も代わってもらえるものは交代してもらい、ありがたいもののすごく不完全燃焼だった。
・とにかく疲れていた。
・イライラが激しい。怒るし、落ち込むし。一日の中でのアップダウンが激しくてしんどい。
・プロジェクトをないがしろにされているように感じる出来事があって、すごく腹が立った。プロジェクトっていうか私自身?
・来年度に向けた予算立てが始まる。とにかく憂鬱。
・長女とヨルシカのライブ@愛知に行く。ものすごく良かった。ファンクラブに二人して入る。n-bunaさんセンサーが搭載される(曲がすぐn-bunaさんだとわかる)。
・長女とYOASOBIのライブ@大阪に行く。ドームらしさを活かしたライブだった。だがしかし、自意識がすごくて(アーティストやってるんだしそりゃそうだが)もうお腹いっぱいなので今後は行かないと思う。


■2024/11:希死念慮
・週末のワンオペ中に長男と激しめケンカ。
・急激な希死念慮が11/9に出てきた。電車が怖い。
・「自分が思っていたよりもかなりヤバい状態かも」、と気付く。⇒年休を取り、短めの勤務におさえる方針をチームメンバーに伝える。
・お腹をスゴイ勢いで壊す、まぁずっとですけども・・・
・自分が何の価値もない感覚が強い。発揮できていない感覚。
・長期に休んだ方がホッとする?でも休みたくない…ホッとするということは休んだ方がいい?
 ・・・ほらね、同じことをぐるぐる考えている。
・正月明けが怖い。
・「自分が思っていた以上に調子が悪い」
・主治医に希死念慮のことなどを話した結果、薬が増えるとともに、受診が1か月に1回⇒2週間に1回、に変更になる。
・家の片付けを開始する。あまりに酷い状態なのと、年末年始のいとこーず集合に向けて。


■2024/12:片付け&捨てまくり祭り
・2週間連続で出社or出張で、疲れる。研修講師やワークショップなどなど、イベント続きで充実ではあるものの。疲れる。必死でこなしている。
・追加になった毎朝飲む薬は効いてる気がする。でもそれも怖い。飲み続けて大丈夫なのかな?(基本的に、薬を飲むことへの恐れがある)
 必要なら飲むべきだと思うんだけど。
・ならし勤務が無事に終了したオット氏は、短め勤務にて復職している。それくらいがちょうどいいんだって。
・片付けをがんばり続ける。捨て続ける。少しずつ、少しずつ、ようやくまともな家になりつつある。


★★総評★★
今年の漢字は「愉」だったのだけど・・・なんか「疲」って感じの一年だった気がする。常に疲れている。そんな中でここまでがんばったのえらいよ、って言ってあげたい。

※2021/1~5に鬱で休職した後、2021/9に診断が「双極性障害」と変わり、そこからも引き続きの通院と投薬は行っています。主治医との相性は良いと思う…けど今年はずっと鬱期が長くてつらかった。今もつらいです。いつかは必ず浮上できると信じたい。


<対外への紹介用記事>
・エンゲージメント
https://holdings.panasonic/jp/corporate/sustainability/diversity-equity-inclusion/inclusive.html#sec5

・特に「データで見る・・・」が詳しいです。
https://holdings.panasonic/jp/corporate/sustainability/diversity-equity-inclusion/fact.html

・ERG(2023年6月時点)
https://holdings.panasonic/jp/corporate/sustainability/diversity-equity-inclusion/inclusive/community.html

・ERG(One Panasonicの若手によるnote、アツイです)

note.com



♪♪ヨルシカ - LIVE「月と猫のダンス」 

youtu.be

 

夏は広島

夏は広島。夏休みは常に広島の祖父母の家で過ごした。母方の実家である。

 

三姉妹は小学生。夏休みの宿題と、自由研究と、ピアノの練習(同居している伯母が元音楽の先生で、ピアノを持ち込んでいた。グランドピアノとアップライトピアノの2台があった)が日課。合間に掃除をしたり家事を手伝ったり、祖母の話し相手をしたり。

 

朝はラジオ体操で始まる。たたき起こすのは伯父。元物理教師の伯父は、独特のユーモアを持っており、笑わせてくるのがすごく楽しかった。だがしかし、それは私たち姪っ子たちがたまに遊びに来るからこそ発揮されるものであり、日常の伯父が大体不機嫌そうだったことも覚えている。

 

身体が不自由な祖母。リウマチである。その在宅介護は主に祖父と伯父によって行われ、ただでさえ無口な祖父はますます無口であったが、祖母への愛情は子どもながらに常に感じていた。
祖父はガンコを絵に描いたような人で、旧国鉄でそれなりの役職の仕事をしていたはずだが上司と喧嘩して辞めたという経歴を持つ。本が好きで、祖父の本棚にはさまざまな書籍が並び、とてもワクワクした。俳句を詠む人で、ガリ版刷りの句集を作っていた。私は祖父の詠む俳句がとても好きだった。タバコと酒を愛す人でもあり、おつかいでタバコを買いに行かされた時にお釣りを間違えて帰ってきてこっぴどく叱られたことを思い出す。「蔵に入れるぞ!」が口癖で、大体が不機嫌で怒っていた。こわいじいちゃん。でも骨のある人なんだろうなと思ってたんだと思う。

 

朝イチのラジオ体操が終わると、廊下の拭き掃除をする。三姉妹で並んで雑巾がけをするのはゲームみたいで楽しかった。まだ小さないとこ達が食べこぼしをするので、食卓の床には新聞紙が敷かれており、それを取り替えたりもしていた。

 

掃除の後はピアノ練習。きっとその前に朝ご飯を食べていたと思うがそのあたりの記憶は薄い。
ピアノ練習は祖母に「こんなに上手になったよ」と定期的に聴かせることができる、という実感があった。

 

祖母はかつて広島市内で爆心地近くで原爆に被爆した経験を持つ。女学生だった。たまたまその瞬間に、おつかいで来ていた銀行の頑丈な石造りの建物の中にいたため無傷で助かった。だがその目で見たものは地獄なんてものでは表せなかったと思う。
被爆と直接関係は無いものの、おそらく若いころからの過労がたたって、老年期にリウマチを患う。手足が思うように動かなくなり、寝たきりの生活。食事の時は車いすに乗り込み(乗り移らせてもらって)食卓に向かうが、自分ではなかなかスプーンなどの操作ができず、介助が必要だった。トイレも同様で、簡易トイレをリビングに置いてすぐ対応できるようにしていた。

「情けないのぅ~」というのが祖母の口癖であった。自らの身体を思うように動かせないもどかしさ、介助してもらわざるを得ない身の置き所のなさ、それでも愚痴は言うまいとしていたように傍から見ていると感じていた。矜持のようなもの。静かな明るさを保っていた祖母。

被爆当時の話を聞きながら手足のマッサージをし、その内容を小学校の何かの作文に書いて、知事賞?的な何かをもらったことがある。夏休みに帰省するたびに、百人一首の練習や都道府県の名産物を覚える自由研究をするかたわらの孫たちにマッサージをしてもらうのが楽しみ、みたいな祖母だった。

夏休みの宿題はさっさと終わらせ、伯父伯母の蔵書である漫画を読むのも楽しみの一つだった。はだしのゲンエースをねらえ!ブラックジャック火の鳥ブッダアドルフに告ぐ、・・・
はだしのゲンは怖くて怖くて、読むと夜が眠れなくなり、窓ガラスに近付かないようにして布団の居場所を取り合いした。人間の弱さ、本質を学んだのははだしのゲンからだと思う。
火の鳥は自分でも揃えて家に置いている。どれも大好きだが、どれももの悲しさが漂う作品だなと子ども心に強く感じていた。
主に伯父の蔵書だったが、小学生の私たちにどんどん読めと開放してくれていたのは今思ってもありがたいことだ。

祖父は、タバコと酒のやりすぎで肺がんになった。入院もしたがほどなく死去。あんなに怖かった祖父だったのにあっさりな最期だった。私が中一の時だった。
本が好きで勉学の大切さも説いていた祖父。大学に進学したよ、と報告したかったな。

夏休みの滞在の最後には、広島のお好み焼きを近所のおばちゃんのお店で買ってきて、家で食べるのが習わしだった。一人ずつ、「そばか、うどんか、ダブル(両方)か」を聞いて回ってカウントする。伯父はダブル。めちゃくちゃボリューム大のやつになる。
私は必ずそばだった。イカ天が入っていて、本当においしかった。近所のおばちゃんのお店で、小さな小さなお店。電話で注文しておいて、取りに行く。家のリビングに宣伝の紙を敷いて(ソースがこぼれるから)、みんなでワイワイ言いながら食べる。あの「最終日の昼」の儀式、だいじだったんだなと改めて思う。おさんどんをメインでしてくれていた伯母にとっても、炊事から解放されるひとときである。

去年の春、伯父が急逝した。すい臓がんだった。急すぎて実感がわかない私たち。葬儀でも、まだきっとそのあたりにいるよ、と話していた。
夏には祖父母と伯父の墓参りを兼ねて、広島に一人旅をした。お好み焼きのおばちゃんのお店は閉まっていた。コロナ禍もあったもんな・・・変わりゆく街並み。
子どもの頃に遊んでいた、伯父がマラソンのトレーニングをしていた、公園は変わらずまだあった。タコの置物遊具も健在だった。
墓参りも、公園も、行く道を「足が覚えている」ことに感動した。そう、ここは私の第二の故郷。深くつながる場所。

長期休暇の思い出は、夏も冬もけっこうツラい。子どもながらにいろんな感情を受け取ってしまってつらかった。早く帰りたかった。冬ほどではないが、夏もつらかった。
自分自身の実家である広島は、実母にとっては安らげる場所だったのだろうか。今となってはわからない。

じぃちゃんにもばぁちゃんにもおじちゃんにも、元気だよと伝えたい。
俳句は私も好きだよ。カーチャン俳句として詠んだりもしてるよ。
キリッとしたばぁちゃんの立ち姿、原爆資料館の前での写真、好きだよ。
ラソン、おじちゃんみたいにストイックには出来てないけど、またぼちぼち走りたいと思ってるよ。

三姉妹それぞれの家を「家庭訪問」として訪ねて回ってくれたこと、なぜかアンコ缶を複数手土産に持ってきてくれたこと、おじちゃんらしいなぁと笑ったこと。
やっぱり行ってしまうには早かったなと思うけど、またそこから見ててね。

祖母の存在とすき焼きと私の複雑な感情:過去との向き合い方

すき焼きにはろくな思い出が無い。

 

子どもの頃の冬休みは、父方の実家に帰省する習わしだったのだが、何が嫌って、

とにかく寒いこと、トイレが外であること(その後、家の中に移設された)、母が祖母や叔母に気を遣いまくって疲れていく様子を見ること(もちろん祖父や叔父にも母は気を遣うのだが、とにかく同性の親戚への気の遣いっぷりは尋常ではなかった、それは家事全般を女性が担うべきという田舎の風習のにおいとセットだったと思う)、出来の良いいとこ達のことを自慢するように見える・かわいがるように見える叔母および祖父母に対するしらけた感情(私たち三姉妹もかなり出来は良い方だったはずだが、自分の子らがかわいいという空気が当たり前のように漂っていて不快だった)、そして何となく不潔な感じがする家全体。布団を干すところから始めるが、ねずみも出てくる布団。嫌すぎる。滞在期間中はひたすら苦痛だった。

 

料理を教えたりもしていた祖母だが、年を取るとともに手が行き届かなくなり、何となく食器も汚れている。食事の前に洗うのだが、きれいになる気がしない。目をつむって食べるしかない、大晦日のすき焼き。よくわからないレシピ。その頃は父が「鍋奉行」的なことをまだやっていたような気がするが、それも本当はやりたくないのをイヤイヤやっているものだから空気が悪い。狭い居間のこたつの上で鍋をかき混ぜ、すき焼きを作る父。ずっと台所に立ったままの母。ドラえもんを観たいのに居間のテレビでは紅白が映されている。子どもだけで2階に上がることを許される年がたまにあり、その時だけは急な階段を必死に登って2階のテレビでドラえもんを観ていた。すき焼きが出来ると呼び戻されるわけだが。

 

まだ妹(料理好き・上手)は料理などの戦力にはなっていなかったように思う。何なら年上のいとこ達もさほど手伝いをしていなかった。せいぜい皿や箸を配る程度。野菜を切ったりといった仕事はひたすら母がやっていた。叔母はやっていない、実家に帰ってきた時くらいのんびりさせてよ的なオーラが漂っていたことを思い出す。じゃあ私の母は何なのか?女中?と感じて腹を立てていた記憶がある。でもそんなこと言えない。

 

いとこ達とは楽しい時間も過ごした。トランプしたり、近くの小さな山に登ったり、年始のお参りに行ったりもした。私よりも年上が二人、年下が一人。いい人達だったとは今も思うが、疎遠になったまま連絡を取りたくはない。

 

すき焼きの嫌なところは、レシピが漠然としていること。最初に何を炒めるのか、どういう順番で具材を入れるのか、漠然としているくせに、何かテキトーにやろうとすると誰かが怒る。そうじゃない、と言うならレシピを教えてくれ。

 

大体、鍋的なものを複数人で作るのも嫌だ。忘年会や職場の飲み会的なもので「鍋」を選択する人の気がしれない。誰かが主となって仕切らなければならないようなものを選択しないでほしい。第一、不特定多数の箸が行き交う(大体結局、直箸になる)のも不潔。コロナで廃れたのかなと思いきや、つい最近も仕事関係の飲み会で鍋がチョイスされていてゲンナリした。

 

すき焼きには私は麩を入れたい。だが麩は「汁を吸うから」と敬遠されがちである。でもあの汁を吸った麩がいいのに、と思いつつ、ダメだと言うならなんで皿に用意されているのだろうか、とずっと子ども心に思っていた。理不尽。直近の帰省のすき焼きでは、無いからと麩をわざわざ買いに行ったにもかかわらず、やはり「汁を吸うからまだダメ」と制される時間が長く、結局、ラスト近くに大量投入されることになり、もうおなかがいっぱいになってほとんど食べられなかった。理不尽。

 

すき焼き自体は好き。牛肉が好きと言うより、ラストの蕎麦が好き。でもすき焼き自体の味が濃いので喉がすごく渇く。大晦日ゆく年くる年を見ながら(当時、面白さは感じていなかった)ひたすらお水を飲んでいた。年越し蕎麦はすき焼きのラストの蕎麦で代替する。すき焼きは大晦日の味。年を越えて、遠くで花火が上がる音がして、そして寝る。とてもとても寒い布団にくるまって寝る。ねずみのことは考えないようにしていた。

 

今年は実家にて父が、母からすき焼きを作るよう促されて明確に「拒否」したので、鍋奉行は妹の夫氏がやってくれた。父の拒否の態度を見てまた怒る母、それももう見たくない。本当に何もしない父。加速する無気力。病気だから、とずっと言い続けてきたがしんどい。薬はもう飲んでいない。何が目指す姿なのかもわからない。数年前に私が「私は今すごく幸せだよ」と伝えたことは覚えているのだろうか。親になってしみじみと、子が幸せでいてくれることを幸せだと感じたから言葉にして伝えたわけだが、今はどう思っているんだろう。

 

母が義実家にて行くたびにひたすら家事をしていたこと、すごくすごく疲れていくのに気を遣うことは決してやめないこと、どんどん母が不機嫌になること、早く帰りたいと自分が代わりに思っていたようにも思う。皿を拭くくらいはもちろん手伝える、だが手が切れそうに冷たい水での皿洗いはずっと母がやっていたように思う。大きくなってからはそれもいとこのお姉ちゃんや妹達とやっていたが、なんで男達はやらないんだろう、と感じていた。

 

風呂も寒い。古いし、入ってもあたたまらない、かえって風邪をひきそう。そして風呂に入る順番も、母は最後でいいと言う。そんなんばっかりやん・・・

年に一度だから?日頃は離れているから?家事も母が全部やって当たり前?
叔父は何も言わない。叔母も知らんぷり。そういう人たちに何も言わない父も嫌だった。気付いてすらいなさそう。それでも父にとってはくつろげる実家だったんだろうか?それも怪しい。結局、父自身も足が遠のいたままだったわけだし。

 

さっさと行くのをやめれば良かったのに。
でもあれば帰らないわけにはいかないのが実家なのだろうか。(母にとっては義実家)
今、私自身が子ども達を連れて実家に帰ることを、子ども達はどう感じているんだろうか。いとこ達と遊ぶ時間を楽しんでいるように見える、おいしいものを食べて、あたたかいところで眠る、楽しい時間であってほしいと願う。

でも私も気を遣っている、実家なのに安らげない。行く前から疲れており、行ってみるとやはり実の母なのに何か嫌なことを言われたりされたりしてゲンナリしている。一刻も早く帰りたいと思いつつ、ひたすら皿を洗い、拭く。日頃はやらない料理だが、少しでも戦力になるようにと包丁を手にして野菜を切ったりもした。妹達との時間、オット氏達との時間、小さいいとこ達が大きくなっていく様子、などは楽しい。でも実家で疲れていく父母を見ていると、帰らない方がいいんじゃないのかとも思うし、何より私自身が疲れる。

 

罪悪感もある。実家なのに。居心地がいいと思えないことへの申し訳なさ、もっと寄りつかないと申し訳ないみたいな感覚。孫を連れていかないといけないのでは、私単独でももっと頻繁に訪ねておかねばならないのではという感覚。
父母ともに「孫大好き」タイプではなかったものの、連れて行けば連れて行ったなりの楽しさが双方(父母と孫)にあるのでは、などと考えてしまう。孫と遊ぶと、無気力な父も気力が湧かも?いやそれは関係なさそう・・・

まぁ考えてもどうしようもないのである。結局、今のやり方以外で出来ることはおそらく無い。これまでやってきたことが悪かったとかも無く、これからもその時々で判断しつつ行動を選択し、やっていくしかない。

なんかどうしても書いておきたくなってこれを一気に書いている。
父方の祖父の思い出はそもそも薄く、父方の祖母は思い出があっても特定の孫だけをかわいがっていたように感じて面白くない。料理など共通の出来事でつながり、なついていたのもその特定の孫なので仕方ないのだろう。私は無理である、料理も出来なかったし、やる気も無かった。家事などの「女の子は○○しなきゃ」という圧がそもそも嫌だった。祖母の当たり前は私の当たり前では無い、と思っていた。
そういえば「妹が生まれるから」と当時の我が家に祖母に手伝いに来てもらったことがあり、その時に「パジャマをたたまない」とかで怒られたことを覚えている。しつけが出来ていない、と思われたんだろうなぁ・・・と漠然と思ったし、自分を通じて母が叱られているようにも感じた。

 

父方の祖母は短歌を作る人であったが、私は俳句が好きである。これは母方の祖父の影響。
母方の祖父母のことはもっと濃い思い出があって、また別の機会に書きたい。

 

祖母はすごい人だったとは思うがやっぱり好きになれない。わざわざそう書きたくなるほど、いろいろ渦巻いている。もういないのに。

ふりかえり2023年

今年も一年のふりかえり、とりあえずメモっただけって感じですが、いってみよー!

 

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<2023年ふりかえり>
2023/1 映画キャンペーンでチビーズと映画を観まくる。映画はいいねぇ。いろいろもっと観たい。

2023/1 チャーチズCHVRCHES のライブに行く!世界の宝や、あの歌声!

2023/2 チビーズがインフルエンザに連続罹患する。通院と検査と投薬の嵐。タミフルありがとう。予防接種ありがとう・・・

2023/3 ペンタトニックスPENTATONIX のライブに行く。一生に一度は生で聴きたかったライブの一つ。エイヤで行って良かった、ハーモニーサイコーすぎた、人間あんなことできるんや、的な驚き。

2023/3 卒業式&卒園式。ついに保育園生活が終了。マジでマジでマジで、3人合わせて11年間、本当にお世話になりました・・・父も母もがんばった( ;∀;)感涙

2023/4 新中1、新小4、新小1。それぞれの進級。新たな生活スタート。

2023/4 礒貝家(旧・礒貝一家=三姉妹+父母)での金沢旅行。

2023/6 ERGカーニバル初開催!ERG=Employee Resource Group、社内の有志活動。より広く、より後押しをしていこう、とイベント開催。 

news.panasonic.com

2023/6 信頼関係スターターキットのリリース。新しい対話の形、ツールとしても使いやすく。

2023/7 米津玄師さんライブ「空想」参加。三姉妹+子の4回目!

2023/8 組織開発ウェブサイト&メールマガジンのリニューアル。より相談につながりやすく。

2023/8 広島一人旅行&墓参り。第二の故郷。

2023/9 書籍『いちばんやさしい「組織開発」のはじめ方』に弊社事例が載る。いずれ単著を出したいよねと思いつつ。 

www.diamond.co.jp

2023/9 鈴鹿サーキットにて初のF1参戦!!!超迫力!!!チビーズも一緒に。

2023/10 スイカゲームにハマる。初スイカ、および、ハロウィンモードでもカボチャ作ってた大喜び。

2023/10 台湾ATD初参加。小籠包激ウマ。人との繋がり出来ました!

2023/10 「衆知を集める」ライトニングトーク、初の対面開催&オンラインのハイブリッド開催。シュークリームを食べながらの対話。

2023/10, 11, 12 事業場支援・チームコーチングの依頼爆増。大忙し。目が回る。

2023/11 スコラ・コンサルト社の記事に弊社事例が掲載される。すごくわかりやすい記事! 

www.scholar.co.jp

2023/11 Spitzライブ「HIMITSU STUDIO」参加。オット氏&我が子&友人と!大好きなあの曲を聴けて感動(´;ω;`)ゴウキュウ

2023/12 「風土改革フェス2023」開催。社内での風土改革フェスとして2年目。ワイワイしながらも深い場をたくさん作ることができた。

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今年の漢字として新年に書いていたのは「吹」でした。

笛を吹くイメージ、踊るイメージ、みんなに踊ってもらうイメージ。どうだったろう・・・

 

組織開発や文化創造の活動は、かなり前に進んでいる気がする。

もちろん簡単にはムーブメントは起きないけれど、少しずつ、反応や実践の声、応援などなどをもらっているし、手応えを感じる。

じわじわとこれからもやっていきたいですね。

 

全般的に体調が悪かった気もする。忙しすぎました・・・

来年も結局、忙しさが加速しそうな予感はしますが・・・

頑張らずにがんばろう・・・

 

今年もいろいろありがとうございました。

来年も引き続きよろしくお願いいたします!

 

Az